借金返済の怖さ、車を持つのも考える必要がある。

日々の生活の中でお金はなんでも必要になる。

ご飯を食べる、生活をする、明日は何をしようか?考えた何かを実行する為には絶対に現金が必要だ。

資本主義社会の中で大人は働き続ける必要があり、働かないと生活をする事もできないからだ。

しかしながら絶対に働けない環境、誰も守ってくれない状態になることも少なくない。

そんな時に役立つのが借金であり、消費者金融だ。

 

テレビを付ければ毎日のようにレイク、アコム、プロミスのCMが流れているだろう。

 

 

ラジオ、雑誌、電車の広告では債務整理、過払い金の情報が流れている。

 

資本主義であるが、仕方がない世界なのかもしれない。

 

 

過払い金がある人は年々少なくなってきている。なぜならあれは昭和が生み出したものであり、平成の金融会社はある程度金利を守りながら運営をしているからだ。

 

となれば後は借金の時効などを気にしながらできる事をやっていくしかないのだ。

 

借金返済をした人ならわかると思いますが、手元にお金がない生活は思っているよりも精神的に疲れてしまう。

 

誰に相談をできるわけでもないし、お金を借りる友人を探すわけにもいかない。

 

お金が絡むと人は変わるし、友達と思っていても友達ではなくなってしまうからだ。

 

 

今の時代に車を持つ必要はどれぐらいあるのだろうか?毎日タクシーがいくらでも走っているし、自分で購入をする場合には100万円以上する事がほとんであり、費用効果を計算してみると異常な数値になる人も少なくはないだろう。

 

生活費を抑えるー工夫で借金しても幸せになれる

お金は不思議なものです。
人の心に強く影響し、時には生死にかかわる要素にさえなってしまいます。
私は、離婚を期にお金の事を真剣に考えるようになりました。

 

独身時代は両親と同居しておりましたので、働いて得た収入は、すべてお小遣いとして使っていました。

 

結婚後は当時の夫がそこそこの収入を得ていたため、生活のために苦労した体験はありませんでした。

 

結婚後に働いた経験はありますが、こちらもすべてお小遣いとして使っておりました。

ですので、離婚するまでは生活の為に働いた経験は皆無です。

離婚を期に、経済事情が急変したのは言うまでもありません。

 

当初は欝状態になり、スーパーなどで日用品を購入していても、ひどく惨めな気分で涙がでてくるのを止めることもできない程の状況です。

 

 

しかし、そんな生活を続けるうちに、低予算で生活する知恵がでてきました。

 

例えば、5万円のセーターを買うよりも5千円のセーターを買えば予算は10分の1ですみます。

 

5万円のセーターを着たからと言って、すごく幸せな気分になることはありません。

 

また5千円のセーターを着たからと言って悲しくなることもありません。

要するに、その時に即した選択をすればいいということに気づきました。

 

お金があるのに、あまり使わないで生活することは、私にはできません。
逆に、お金がないのに大金が必要となるような買い物をすることもできません。

 

要は、有れば使うし無ければ使わないという、きわめて単純な事に気がつきました。

 

経済的に大変な思いをしながら工夫して暮らす知恵ができたことに、今では感謝しています。
平和に結婚生活を続けていれば、今よりも幸せな人生だったかと思います。
ただ、世の中のことを分からないまま、人の気持ちの優しさなどを知らずに生涯を終えてしまうことになってしまっていたかもしれません。
私にとって、お金の苦労は人生のエッセンスのようなものです。

お金がない状態で幸せを掴むのは簡単なようで、簡単ではない。
借金返済を学んでから、何が大切で何をするべきなのか、自問自答をしながら、本当の幸せについて考える時間が増えてきた。
返済は何をすると変わるのだろうか・

 

終わるはずのない答えを探しながら、今日も借金返済に明け暮れる日々でもある。
10年後の自分が何をしていたら、納得できるんだろうか?

面白い事もしたいけど、現実的にはお金も必要な日々が多い。

乗りこなすことは簡単な事だけど、不特定多数の自分だけは納得できる日々を過ごしたいと思う。

借金生活の中でも光を探さないようになると終わってしまうと自分では思っている。

お金がない時の心の支えはやっぱり子供!

私がお金のことで苦労しているのは、夫によるところが大きいと言えます。
人は悪くないと思うのですが、とにかく私には何の相談もなく物事を決めてしまう癖があり、それにどれほど振り回されてきたでしょうか。

 

子供が二人生まれ、マンションを購入した直後、ある日突然一言の相談もなく仕事を辞めて帰宅しました。何も言わず突然やめてしまうなんて余程の事があったのだろうと、一言も責めることなくサポートしたのがいけなかったのかもしれません。

 
お金がなくなると返せなくなる状態になることもありますよね。
 
お金が返せない
 
仕事を辞めた事によって圧迫される家計を私一人で遣り繰りしたので、私に任せておけば何とかなるだろうと勘違いしたようです。その後も車を無断で難題も買い替えたり、自分の好きな事には金銭を費やしても、家族のためにお金を使う事はなく、子供たちが成長していくとお金が必要になるから協力して欲しいと伝えても、家に入れるお金は一銭も増える事はありませんでした。

 

当然ですが、子供達が中学、高校と上の学校に行くにつれかかる費用は大きくなっていきますが、私が都度働き方を変え、泥を啜るような思いで貯めたお金を当ててきました。

 

来年早々、長男の大学受験が始まります。必死で積み立ててきた学資保険はたったの150万円。浪人覚悟でいますが、実際浪人したらその後どうやって遣り繰りするのかは考えるのが怖いです。

 

長女は年子でやはり進学予定ですが、どうこの難局を乗り越えるのか、私が挫けてしまったら全てが終わってしまうのだと自分を叱咤しています。

 

しかし、そういう私も3カ月前に仕事を辞めました。人間関係が原因で適応障害を患ってしまったのです。

 

細々と自営業を営む夫一人では家計を維持するだけの収入もないのですから、私が頑張るしかないのでしょう。あと5年から6年、絶対に頑張りぬいて無事子供達を社会に送り出すという執念を持って切り抜けて見せます。お金がない時にどうそれに向き合うかは人それぞれだと思いますが、私の場合は「子供」のためになら頑張れる気がします。

車を買ってもらったのは有難いが維持費で金欠生活に

私の人生で金に困った経験で印象深かったのは、社会人になってから親に車を買ってもらった時ですね。

車を買うお金を親にだしてもらってるのに金に困るって何事だって思われるでしょうが、買ってくれたのはトヨタのソアラっていう車でした。
1980年後半から流行った車でかなり古い車でしたが、親の世代だと車はこういうものだっていう認識が強かったんですね。
私は収入はそんなにありませんし軽自動車やコンパクトカー辺りがお似合いかなって思ってました。
しかし親からするとあんなのは事故したらペチャンコになる、事故しても生存率の高い車に乗れといってソアラを買ってくれました。ほぼ強制です。
まあ、親がせっかくお金を出してくれるというんだし、反対して機嫌を損ねるよりも買ってもらった方がいいなと思いそのまま買ってもらいました。
中古車で10年落ち10万km以上の走行距離、いわゆるポンコツみたいなもんですがそれでもトータル70万ほどしてたんですからそれなりの車なんでしょうね。
問題は前の持ち主が改造しまくっていたことです。
そのおかげで恐ろしいぐらい加速するんです。ソアラの後にRX-7やフェアレディZとかも乗りましたが、加速だけで言えばこのソアラが一番でした。
しかしそのせいで燃費が恐ろしいぐらい悪かったんです。ハイオクでリッター4kmぐらいでした。
しかもタイヤは17インチ(当時17インチタイヤは安くても一本4万オーバーしてました)です。
購入価格は安くてもそれなりの車なので、故障すると部品も高いんですよね。
しかも10万km以上乗ってるだけあって、ラジエーターが故障したりカーエアコンが壊れたりと故障もしまくりです。

燃費の悪さ、故障・トラブルの多さ、自動車保険の高さ(車と私の年齢、等級の低さでかなり高かったです)、こういった要素のおかげでまったくお金はたまりませんでした。
貯金のないカツカツ状態なのに、タイヤ交換(4本で20万)や車の故障でさらにお金は必要になります。
結局貯金を使い果たし、両親に事情を話してせっかく買ってもらった車だけど手放させて欲しいとお願いしました。
買い替えでかかったお金は親から借金をしました。
中古の20万ぐらいの安い軽自動車を購入したんですが、買い替えてからお金は貯まり出し一年後には親から借りたお金も完済しました。

自分のお金で買ってたら手放すのは簡単ですが、親に買ってもらっただけに手放せなかったんですよね。
タダほど高いものはない、この言葉の意味を身をもって体感しました。